みさやま紬の誕生
「みすず刈る」という美しい言葉は信濃の枕詞です。古来信濃国は養蚕が盛んであり、近世にはどの農家も紬を織っていました。
農閑期には、方々の家からトントンカラリと機音が聞こえて来ました。
松本市三才山の故横山英一氏は織音を子守唄として大きくなった人です。
氏は旧松本中学校(現松本深志高校)を卒業後上京し、東京芸大の木下保氏に師事し、声楽の勉強をしましたが、昭和11年~21年まで召集を受け戦地に赴きました。
戦後農業の傍ら蚕を飼い糸をつむぎ、経糸に絹の生糸を、緯糸に紬糸を使用し、裏山の草木を染料とし、
氏の確かな絣縞織の技術に現代の色彩感覚を取り入れてみさやま紬は出来ました。