全国に独自の織物を提供し続ける信頼のブランド
加納のマーク 室町の加納株式会社

 大島紬
 結城紬
 士乎路紬
 みさやま紬
 郡上紬
 琉球古典紬
 越後上布
 喜如嘉の芭蕉布
 宮古上布
 八重山上布
 薩摩絣
 久留米絣

  大島紬

特徴

大島紬には、産地の業者が自主的に図柄を選び商品とする市場品と、問屋の指定柄を受注生産する誂品とがあります。 加納では誂品を取扱っており、厳格な製品管理のもとに製造しています。


一点一点図案の段階から責任を持ち、完全な商品化を考えて真剣に取り組んで作られる加納の大島紬は、 一品といえども同じ柄が他の問屋から販売されることはありません。


しかも、この商品は作り手の心を着る人に感じさせてくれるもので、袖を通した時、何ものにも代えがたい満足感を与えてくれます。  それだけに高度化した消費者ニーズに合った物づくりをめざし、常に厳しい姿勢を崩すことはありません。


 大島紬のふるさとは、奄美大島と鹿児島です。高級紬の代表といえる大島紬は、テーチ木と泥染めによる独特な〈カラスの濡れ羽色〉と、緻密な絣が特長です。


経糸(たていと)、緯糸(よこいと)ともに生糸を使用して織られる大島紬は、本来なら紬織物とは異なるものですが、絹のもつ風合い、 なめらかさを存分に生かしたその品質は、紬糸を使わない紬として特別の位置が与えられています。


  大島紬の人気の秘密は、人間の手と日数をかけて作り出される芸術品ともいえる風格にあることはもちろんですが、 実際に手を通したときの肌ざわりやしなやかさ、軽さ、そして着れば着るほど絹味が出てくるという点にあります。


どんなに高価な着物でも、 人間が着てからこそ生命が通うもの。大島紬の着心地や丈夫さは、他の追従を許さないものがあるようです。


歴史

大島紬の発祥ははっきりとしていませんが、奄美大島には千数百年前から古代染織がみられたようです。 最近になって、中国伝来の技法を用いた草木染めの綾織の領布(サジ)が発見されました。


これは、享保五(一七二〇)年に薩摩藩主から絹織物着用禁止令が出されるまで織られていたものです。 こうしたことから中国から伝来してきた技法という説もありますが、他に久米島からの伝来説も有力です。


いずれにしても奄美大島では、古くから染織が行なわれていたのですが、現在の大島紬の技法は明治の初期に生まれました。 それまでは手括りの真綿の紬糸をテーチ木と泥染め、藍、松の実、ヒル木などを使って染色していましたが、明治一一年ごろになり芭蕉繊維で紬糸を括り、 防染で絣を作ることが考案されました。


また、言い伝えによれば、泥染めは偶然に木の皮で染めた衣服を洗濯しようと泥田につけていたところ、 ぐあいのよいねずみ色に染まったことが契機になったといわれています。


その後、本土との交通も盛んになり、徐々に人気が高くなってきました。明治三〇年ごろには、いざり機から高機(たかはた)に切り換えられ、 さらに、三四年ごろには永江伊栄温によって締機(しめばた)が発明され、従来の手括りから織締絣(おりしめがすり)に変わりました。


締機の開発は、手括りによる伝統的な絣作りをなくしましたが、時代に合った絵模様を表現する技法を生み出されました。 大島紬は、このように伝統をふまえながら、たえず新しい技法を生み、工夫改良を重ねながら現在の地位を確立してきたわけです。


 「特集 大島紬」に種類や工程があります。


夏大島

大島紬の夏ものとして、夏大島は昭和初期から作り始められました。 大島紬に使われる絹糸のりを強くし、シャリ感を出して織りあげられたものですが、この駒撚りは糸がほつれやすく、ほつれると織りが困難なため、 泥染めはしていません。工程は冬物の大島紬と同じで締機を使い、柄も同じように自由な柄を作ることができます。


薄く透けて見える涼しげな地風で、初夏の六月中ごろのきものとしてはさわやかなものです。また上布と同じような着方ができます。


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